【一般財団法人 あすなろ会 会長賞】

地域社会を繋ぐもの
あすなろ会  鶴田 碧

私には二歳上の姉がいる。四年制大学を卒業した姉と、短期大学を卒業した私は、同じ年に社会人になった同期だ。右も左も分からなかった社会人としての生活。学生とは違う環境に慣れず悩んだ日々も、お互いに相談し合い、助け合いながら生きてきた。
 姉は、IT企業に勤めている。コロナ禍になってからはほぼ出社しておらず、全ての業務がテレワークになったという。始業十分前に起床をし、“業務開始します”と一言チャットで連絡すれば、出勤開始が可能なのだそうだ。
 対して、私は地域密着型の金融機関に勤める職員だ。当然週五日全て出社で、毎日朝日も出ていない五時に起床、六時には家を出る。私の生活スタイルだけを見るとコロナ前と何一つ変わらない生活だが、テレワークをしている姉がいることで、出社をしなくてもよい生活を知ってしまった。正直羨ましいし、妬む気持ちもあり、義務感だけで繰り返す毎日の疲れからか、姉へ辛く当たってしまうことも多かった。
 その日も、私はいつも通り来店したお客様の接客を行っていた。昼頃だろうか、子ども連れのお客様が来店し「ATMでの振り込み方法を教えてほしい」と仰った。私はお客様と一緒にATMコーナーに向かって操作方法を説明していた。すると、3歳くらいのお子さんが自動ドアの近くに立ち、車に興味があるのか「ブーブ!ブーブ!」と飛び跳ね、今にも外に走り出しそうになっていた。操作説明はある程度済んでいたので、私はお客様に「お子様は私が見ておくので振り込みを続けて下さい」と伝え、お子さんと一緒に「あの車は何色かな?」などとお話をしながら、振り込み作業が終わるまでの数分間、道路に飛び出さないようこちらに注意を向けさせ続けた。目の前で事故が起きてしまうのではないかとヒヤリとした場面であったが、最悪の事態は未然に防ぐことができたように思う。その後振り込みが終わったお客様からは、「ありがとう。いつもは子どもを保育園に預けているんだけど、コロナの影響で休園しているから一緒に外出をしなきゃいけなくて…。とても助かりました。本当にありがとう。」と言ってもらえた。
 この体験からふと「私もテレワークだったら」と想像した。もしかしたら、遠隔の電話等ではATMの操作方法が伝わらず、大変な中お子さんを連れてきてくれたお客様が目的を果たせないまま帰宅することになったかもしれない。もしかしたら、ATMの操作方法は伝えている最中に子どもが道路に飛び出してしまっていたかもしれない。今回のことに限らず、業務外のことでも柔軟に対応できる直接の相対接客だからこその良さや意義があるのではないかと。
 このことに気づけた時、姉を羨み妬んでいたもやもやした感情がすっと消えていき、むしろ晴れやかな、誇らしいような気持ちで帰路につけたのを覚えている。その日は、帰りに姉の好物を買って帰った。
 「出勤率をできるだけ下げるように」という政府からの要請が出て久しい。確かに、これ以上の感染拡大を防ぐためには正しいことだとも思う。しかし、コロナ禍で希薄になった人と人との繋がりを強くできる方法の一つはやはり対面にこそあるのではないかと思う。私は自分自身の経験から強くそう確信する。
 私は地域を支えるため、今日も“出勤”する。

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