【 佳   作 】

【テーマ:仕事を通じて、かなえたい夢】
人生は続いていく
神奈川県  野 川 夏 子  62歳

私は大学の事務の仕事をしている。勤務形態はパートだが、職員と仕事内容は変わらない。「ボランティアセンター」の経理事務の担当だ。この大学はボランティアの一部を授業の一環として採用している。

ボランティアセンターに出入りする学生たちは、私を「かあちゃん」と呼ぶ。かあちゃんは時には学生を飲みに連れて行って、話を聞くこともある。彼らは、これから社会に巣立っていく不安や、恋愛事情、夢など、様々なことを話してくれる。

その学生たちの中に写真家になった人物がいる。彼はボランティアセンターでアルバイトをしていた。ホームページを作ったり、後輩学生の細々とした相談に乗ったりと、とても頼りになる存在だった。その彼がある日、「かあちゃん、僕は写真家になります」と言いだした。今まで写真を本格的に撮っていた様子はない。彼が写真家になると決めたのは、自分が撮ったある仏像の写真に、自分ながら惚れ惚れしたからだという。その写真は私も記憶しているが、何の変哲もない仏像のポートレートだった。

私は猛反対した。一般企業に勤めれば有能な社員となりそうな彼を、先行きのわからない状態にするわけにはいかない。「お願いだから、きちんと就職してちょうだい!」

勿論彼は私の言うことなんか聞かなかった。卒業すると、戦場を撮影すると言ってアフガニスタンに行ったり、麻薬事情を取材すると言ってコロンビアに行ったりした。ハンセン病の取材に中国の村にも赴いた。そしてついに、文部科学省主催の「写真留学生」の権利を得て、1年間パリに留学してしまった。今ではウィキペディアにも名前が載るほどの、写真家に成長している。

いやはや恐れ入った。彼は自分の夢と仕事を完全に一致させたのだ。

彼は類まれなラッキーボーイだろう。いや、ラッキーなのではなく、類まれなる努力家と言った方がよいだろうか。

人生だれもがこのようにいくとは限らない。

趣味を仕事と区別して楽しんでいる人はいないかしら、と考えていたら、いた。今まで気付かなかったが、一番身近に。私の夫だ。

彼の仕事はとても忙しい。勤務は深夜に及び、繁忙期には、朝帰ってきて入浴だけすませて、また出勤する。手を抜くということのできない性分だ。わが夫ながら、あっぱれ。

彼の驚異的な部分は、健康でオンとオフの切り替えが素早いところだ。結婚当初10年間は釣りが趣味だった。どんなに忙しくても釣りをすると決めたときは、金曜の深夜に家を出て土曜の深夜に帰宅していた。その後も、ナイフ作り、鉄道のジオラマ製作と、次々にいろんなことに挑戦している。今はまっているのは山登りだ。道具をそろえ、地図を検証し、登山計画を作って山に行くことを楽しんでいる。

でも、人生だれもがこのようにいくとは限らない。

私が良い例だ。今では以前、何になりたかったのかも覚えていない。大学を出てから一般企業に就職し、出産とともに退職した。夫の仕事の都合で転勤も経験した。「私の人生って何なのかしら?」と思った時期もある。でも今は「かあちゃん」と呼ばれることを楽しみ、自分の趣味も大切にしている。

人生、何が良いのかはわからない。

そう、決めるのはあなただ。仕事に軸足を置いても良いし、趣味を中心に生活を設計しても良いだろう。うまくすれば双方を上手にこなすこともできるかもしれない。

でも人生をここまで歩いてきて、ただ一つだけ確実に言えることがある。これだけは忘れないで。仕事を終えても、人生は続いていく。

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