【 佳   作 】

【テーマ:仕事探しを通じて気づいたこと】
まずは、目の前の人に
大分県  石 井 久 子  62歳

子どものころから「人にやさしくしなさい。」と教わって来た。しかし、特に仕事になると、その実践は難しい。

私の職業である弁護士の場合もそうである。正確に専門知識を伝えようと考えると、辛い体験をした人を前に淡々した説明になってしまう。訴訟の見通しなどを告げるときは、「裁判所は認めてくれません。」とか、「慰謝料も養育費も安いです」など、相手の期待に反する事実を告げなければならない。

たとえば、「お気の毒ですが、、、」などの『枕ことば』を入れれば、聞く方のショックも幾分か和らげられるかもしれないが、厳しい結論を聞くことには、変わりはない。

このことは、特に専門家と言われる職業では、「ハラスメント」だとか「上から目線」などという批判につながってしまいがちである。そのため、会話や対応に気を付けていても相手の置かれた状況や気持ちが判らず、何気ない言葉で人を傷つけることがある。

数年前のことである。『ひどいことを言わなくて本当に良かった !』という経験をした。私は、熱中症で入院し、退院後、事務所に行くと、Aさんから電話があったとのメモが置かれていた。Aさんの名前を聞いても思い浮かばす、調べると、20歳前半の男性で、道路交通法違反という軽微な刑事事件の弁護を担当したことが判った。何かトラブルが起きたのかと思って電話をすると、Aさんは、開口一番、「お父さんが死んだので、先生にすぐ来てほしかったのです。」と言った。詳しく聞くと、父親が病気で急死したため、葬儀などどうしたらいいか判らず、弁護士に葬儀のために来てほしかったということだった。

それを聞いて、なぜ、過去の国選弁護人に過ぎない私が葬儀の手配に行かなければいけなかったのかと唖然とし、「弁護士が困り事すべてに対処するのではない !」と言いたくなった。しかし、父の急死という気の毒な事態であるので事情を聞いていると、Aさんは、母親を早く亡くし、父親と2人暮らしで、親戚もおらず、父親の会社の人とも交流がなく、父の突然の死に途方にくれ、弁護士に電話をしたものの、その後、父親の会社の人が駆けつけてくれて無事葬儀が済んだということだった。

そこまで聞いて事情がよく判ってきた。突然の事態に困り、以前の国選弁護士の私を頼って連絡してきたのである。もしかすると、私に亡くなった母親の姿が重なっていたのかもしれない。

しかし、もし私が入院しておらず、最初の電話を受けたのであれば、おそらく、「葬儀の手配を弁護士に頼んでも仕事ではないので困ります。」と冷たく答えただろうと思った。

Aさんは、最後に「先生、入院していたそうですね。体に気を付けてください。」と気遣いの言葉をかけて電話を切った。私は、状況が判らないのに頭ごなしに拒否し、父の死に追い打ちをかけるようなことをしなくてよかったと思った。

それから、数年後、子育てなど全面的に頼りにしていた夫の母が突然、亡くなった。私は、義母と全く面識もない友人に次々と弔問に来てくれるように連絡をした。落ち着いて考えると、義母と関係のない人達に弔問の連絡をしたことが恥ずかしくなった。

同時に、そのとき、私は、Aさんが私と同じように突然の家族の死にパニックになった気持ちがよく理解できるようになった。

さらに、刑事弁護という仕事を通じて、私が彼の中で、困ったときに頼れる存在となっていたのであれば、それは、とても有り難いことであり、弁護士冥利に尽きると思った。

それから、私は、まずは、仕事で出会う目の前の人に対して、よく話を聞き、その気持ちや思いを理解し、やさしく接するように努力したいと思うようになった。

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