【 奨 励 賞 】

【テーマ:仕事をしたり、仕事を探したりして気づいたこと】
小さな誇り
茨城県 情 臨 仰 士(じょうりんぎょうし) 30歳

当たり前の話をしよう。病院に行けば、適切な診療の下、高度な医療を受けることができる。私自身、 それが当然と思い生きて来た。

なので、病院に就職が決まった時も、さして不安はなかった。それどころか、人命にかかわる仕事だと、 使命感に燃えていたくらいだ。いつか、自分のおかげで助かったと言って貰えるよう仕事をする。それ が私の夢だった。

私は滅菌管理士をしている。簡単に言えば、医療に使う道具を綺麗にする仕事だ。病院に訪れる人は まず間違いなく、私が綺麗にしたなにかしらの道具の恩恵を受けている。その事実が私にやる気と充足 感を与えてくれると信じていた。

これもまた当たり前だが、仕事で見るべきは夢ではなく現実である。

そして、その現実とは往々にして厳しいものである。

カウントと洗浄、そして滅菌。それが、滅菌管理士の主な仕事だ。オペや外来診療で使用した器械を 数えて洗って滅菌し、それらをまた、病院全体へと払い出す。洗浄と滅菌はほとんど機械がやってくれ るので、洗浄機の温度や滅菌方法に注意しさえすれば問題ない。

問題はその他付随する細かな作業だ。オペで使用した器械は絶対に数を間違えられない。もし、使用 前より一つでも少なくなっていたら、遺残の可能性がある。患者の体内への置忘れだ。これが起きたら 最悪で、それこそ全国ニュースも夢じゃない。

もちろん他にもやることがある。汚れが残っていないかとか、パーツが破損していないかとか、滅菌 パックに穴が空いていないかとか......。これらは人の目でチェックされ、確実に安全・安心と判断され なくば、病院へ供給されることはない。

数百に及ぶ器械の一つ一つに目を凝らすのは大変だ。しかも、供給先はプロ中のプロである医師や看 護師であり、それが毎日続く。神経が磨り減る感覚がはっきりわかる。

まだ滅菌が終わらないのか。あの器械は今どこにある。次のオペに間に合わせろ。厳しい要求が毎日 のようにやってくる。断ることなどできるわけがない。それこそ、人命にかかわる。

危険も多い。患者の血液や便、肉や骨の欠片が付着した刃物もたくさんある。もし、それらを扱って いる最中、指でも差したら大変だ。感染症のリスクは計り知れない。それらを病院に代わって肩代わり するのも私たちの仕事だ。

いわゆる3Kというやつだ。キツイ・汚い・危険。

昔のように、仕事に夢を見なくなって久しい。自分のしている仕事なんて、所詮は病院の下請け。例 え自分がいなくなってもどこかの誰かが代わりを務め、ある程度はうまくやれるだろうという予感も ある。

仕事に夢を。そんなこと、できるわけがない。

医療の現場にあるのはどこまでも酷な現実だ。人命にかかわる仕事とは、そういうものだと私は学 んだ。

だから、私は仕事に夢は見ない。見るのは、はっきりとした目標だけだ。

人々が当たり前に医療を受けることができるように──つまり、『ミスを一つもしない』ようにする こと。

数を数え、洗浄・滅菌し、不備がないか確認する。数百種類の器械にある多種多様な点検項目を、一 つの漏れもないよう目を皿にして確認する。これを、私と同僚たちは毎日何時間も行っている。

幸い、これまでに大きな事故はない。これからもそうあり続ける確信がある。


それが、私の持つ、唯一にしてとても小さな誇りである。

戻る