【佳作】

【テーマ:さまざまな働き方をめぐる、わたしの提言】
育児休暇を取る決断
神奈川県 オ ズ 30歳

いつもどおりに出勤したものの、その日は朝から仕事どころではなかった。ある重大なことを、上司 に伝えなければならなかったからだ。

休み時間を含めて何度もそのタイミングはあったのだが、結局話せぬまま定刻を迎えてしまった。何 をやっているのだ、自分は。覚悟を決める。タイミングも何もあったものではなかったが、唐突に上司 に声をかけ、一言こう告げた。

「育児休暇、取らせてもらえないでしょうか」


2016年9月。まだ夏の暑さが続く中、予定より1か月早く、待望の第1子が誕生した。驚き、不安、喜 び、安心、期待、そして疲労感。わずか一日の間にあらゆる感情が駆け巡り、そしてその後、我が家の 生活は一変した。それは、思っていたよりも遥かに大変なものだった。

子どものお風呂、おむつ替え、寝かしつけ、夜泣き対応。仕事を終えてからが本当の1日の始まりだっ た。終わりのない何かに追われているようで、夫婦共に疲弊していく日々。夫、父親として、仕事と家 庭を何とか両立させたいと身を削り、一日を終えることに精一杯だった。かわいい我が子の成長を、こ んなに近くにいるのに、温かな気持ちで見ることのできない自分がいた。


そんなある日のこと。車を運転中、事故を起こしてしまった。疲れていた妻に休んでもらおうと計ら い、子どもと二人、外出した時のことだった。交差点手前で停止中、前方から来た車に「ぶつかる!」 と体が反応し、思わずバックしてしまったのだ。「ドン!」と音が鳴り、気づけば後ろの車に接触してい た。幸い誰も怪我なく済んだのだが、蓄積された疲労と油断が、こういう事態を招いたのだと思う。

職場の先輩にその顛末を話すと、「無理しすぎじゃないのか」と告げられた。「もう少し自分を大切に。

周りにどう思われても、迷惑かけてもいい。時には、休むという決断も大事だ」「そういう勇気と覚悟を見せることも、必要じゃないのか」と。悩みに悩んだが、結果的にこの言葉が後押しとなり、約3か月 間の育児休暇を取る決断をした。


我が家は、妻が専業主婦。共働きでないのに、夫が長期の育児休暇を取ることは、世間一般で見てもま れなようだ。実際、周りに育児休暇を取ったことを話すと「え、奥さん働いてないのに休みとれるの?」 と驚かれることが多い。

だが、こうも思う。妻が専業主婦であろうとなかろうと、夫は育児に参加し、夫婦で子どもを見るべ きなのだ。そうすることでお互いの負担を減らし、心に余裕を持つことができる。何よりそれが、家族 の絆を強固にできる。


近年、男性の育児休暇が推進されてはいるが、実際にはまだまだ普及していない。数日、あるいは1 か月未満の取得が多いのが現状だ。それは、未だ社会が男性の長期の育児休暇取得に易しくないためだ ろう。キャリアや収入の心配も生じるであろうし、罪悪感、不安感に苛まれてしまう。

しかし、それを払拭できるほどのメリットもある。実際我が家は、夫婦共に笑って過ごせる時間が増 え、子供の成長を間近に感じられるようになった。救われた、と言っても過言ではない。仕事から少し 離れて身を置いたことで、辛い日々が一変し、心に余裕を持てるようになった。今回、休暇を取ること を応援してくれた今の職場には、感謝しかない。


仕事に復帰してからの大変さは想像に難くない。再び苦しみ悩まされることもあるだろう。だが逆風 や困難を前にしたときこそ、人は進化を問われる。それを乗り越え、そして愛する家族を支え、仕事と 家庭の両立に励みたい。そのためにも今度は、自分自身も大切にしなければならない、と感じている。

いつか、他の誰かが同じ問題に悩まされた際、この経験を糧に、寄り添い、温かく応援できるように したい。そして、働く父親の一人として社会のために貢献したい。その小さな一歩として、このエッセ イを綴っている。世の中全体が、少しでも育児をしやすい環境となることを祈り、この話の結びとした い。

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