【入選】

【テーマ:仕事をしたり、仕事を探したりして気づいたこと】
大学キャンパスに学ぶもの
福岡県  頼富雅博  55歳

人生は旅の連続だという。その言葉は社会に出てからの私自身の職歴とも重なり合う。誘われるままに中高教員、ホテルマン、海外日本人学校の教員、児童養護施設の生活指導員、日本語学校や私立学校の立ち上げなどの職に就いてきた。そして、転職のたびに住む土地もまた変えてきた。京都、香川、イギリス、徳島、群馬、大阪、群馬、東京。親しい友からは「遊牧民」と呼ばれたりもする。自分自身も旅人感覚でこれまでの人生を過ごしてきた。

そして、今も旅は進行形である。昨年の秋からは大学という未知のフィールドを職場として働いている。それに伴って親類縁者もない九州福岡が新生活の場となった。与えられた職務は新入生を対象に文章作法を教える仕事。中高での教員経験はあるものの、いざ大学に働き始めると全くの異空間だった。中高のように朝礼があるでもなく、朝9時までに出勤すればよし。毎日2、3コマの授業をこなし、気が向けば学生たちと昼食を共にし、夕方には帰途に就くという生活。部活も細かい校則があるでもない。加えて、教えるのは大学生ゆえ大人の会話も可能である。

そんな生活を始めてみて最初に気づいたのは大学という職場には実にさまざまな仕事が存在しているということだった。学生、教官、事務職員の他にも実に多くの人々がキャンパスのどこかで汗を流している。学生食堂にはパートタイマーの方々がやって来る学生のために休む間もなくひたすらカツやコロッケを揚げ、ご飯をよそい続けている。また、外に目を移すと早朝からキャンパス中のごみを集め、校舎の隅から隅までをモップがけされている清掃の職員さんがいる。その他にもキャンパスに何十台も設置されている自販機にジュースを補充する飲料メーカーの方。膨大な書類を日々配達に廻る郵便局員さん。ありとあらゆる人々が大学を支えてくれていることがわかる。

同時にこうした職に汗を流されている人の大半が派遣会社からの雇用であり、非正規の立場で働かれておられることも知った。私自身も契約期間の定められた講師であり、立場は変わらない。そういうこともあって、挨拶を交わしているうちに自然と仲良くなった。その中でも清掃のお仕事をされている方とは時折大学帰りに赤提灯でジョッキを交わしている。

胸襟を開いて会話ができる空間があるのは本当に幸福なことだ。その中で大学で出るごみの量は半端なものではなく、学生や教職員が来る2時間も前から夕方近くまでわずかな休憩を挟んでキャンパスを歩き回っても追いつかない量だということも教えてもらった。綺麗に整理整頓されている教室や校舎もこうした方々の地道な努力があればこそのものだということもしみじみと感じた。

私にとって清掃職員の方々との赤提灯で語らいは「生きた授業」である。彼らの多くは年齢も私よりも先輩。いわゆるシニア世代だ。社会経験も豊富で話にも厚みがある。先輩たちに共通しているのは清掃の仕事にプロ意識を持っていること。そして、学生たちの中で働けることに喜びを感じていることだ。一般社会ではともすれば非正規をマイナスイメージで捉える向きが強いが、先輩たちを見ていると全く逆の気がしてくる。

私は授業でも「仕事」「労働」を素材にすることがよくある。そして、その中で先輩との語らいで教わったことも学生たちに伝えるようにしている。快適な大学生活が無数の働く人たちの「しごと」によって成立していることも努めて話すようにしている。多くの大学は早期から就活講座を用意し、企業へのインターンシップなどにどんどんと学生たちを送り出している。私はそのこと自体は意義ある教育活動だと思う。但し、「外」の世界ばかりではなく、キャンパスに目を向ければ働くということはどういうことか、大学を支えるとはどういうことかを背中で教えてくれる仕事のプロフェッショナルがいることに気づかせたい思いが強い。それが今の私の「しごと」である。

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