【 入 選 】

【 テーマ:働くこと・職探しを通じて学んだこと】
じゃがいもとわたし
大阪府  ありさ  35歳

私はいま、学校で家庭科の先生をしています。今から数年前、教員免許取得のために大学に通っていた頃、私のこころにふとひとつの疑問が浮かびました。「自分が将来なりたいと思っている家庭科の先生という仕事は、食べることの大切さや生きることの素晴らしさを、子どもたちに伝えることができる奥の深い教科だ。それなのに、自分がいま食べているものが、一体どこから来て、誰がどんな風に育て、私たちが毎日おいしくそして安全に口にすることができているのかを、私は全く知らない」私は、自分が知らないことを子どもたちに教えることはできないと思いました。すぐにインターネットで調べ、住み込みで働かせてもらえる北海道のじゃがいも農家さんを見つけ、夏休みの40日間をそこで過ごすことに決めました。

 約束をしていた北海道のはずれにある駅で待っていると、真黒に日焼けした若い男性が車で迎えに来てくれました。彼の持つじゃがいも畑と自宅は、この最寄駅から車を飛ばして1時間半もかかりました。自宅から最寄り駅が1時間半ということに衝撃を覚え、自宅で迎えてくれた彼のお母さんの腰が前かがみなことは、夜疲れて眠りにつく頃にはそこまで気にならなくなっていました。

 翌日は5時起床。私の人生で初めての農作業が始まりました。見わたす限り畑しかないイメージ通りの北海道のじゃがいも畑で、何時間も同じ中腰の姿勢でおいもさんを大きなコンテナに堀おこしては入れていきました。コンテナはみるみるうちにじゃがいもでいっぱいになっていきます。それに比例して、コンテナを抱えるのに何倍もの労力が必要となりました。じゃがいもを掘り起こす作業で私の腰は悲鳴をあげ、重くなったコンテナを抱えると激痛が走るのでした。人生初の農作業を終え帰宅し、気を失うように眠りにつきました。

 翌朝、私は腰の激痛で目が覚めました。こうなって初めて、農家のお母さんの腰がなぜ前かがみになってしまっているのかがようやくわかりました。私はたった40日間でしたが、全身がどこもかしこも本当に痛くてへとへとになりました。でも、農家のこのお母さんは、嫁いでからもう何十年もこの作業を続けておられます。自分の身体を酷使して、それでもいつも笑顔でテキパキと作業をこなしていくタフなお母さん。腰がきっと痛いだろうに、それをみじんも感じさせない働きっぷり。畑のいもひろいは、私とパートさんの2人がかりでやってもお母さんの方が断然速い。「みんなにおいしいものを食べてもらいたいんだ。でも、おいしいものを食べるってのは、本来とっても大変なことなんだよ」と言われたのを今でも忘れられません。そして、こういう風にも言われました。「食べ物はすごく大事。しっかり食べるからしっかり働けるんだ。農家で仕事をしてるからそれが一番よくわかる。やっぱり、ちゃんとしたものを食べなきゃだめなんだよ。人間は」

 私は生まれて初めて農作業を経験させて頂き、当初考えていた、食べ物についてもっと知りたい、というそれ以上のものを得ることができました。働くということは、自分の魂を込めながら生きていくことなのだと。

私はいま、生徒たちと慌しくも充実した日々を過ごしています。けれど時々、私はこの子たちの将来に少しでもためになるようなことを伝えられているのか不安になることがあります。コンビニで買った物を食べながら通学してくる子どもたちを目の当たりにし、食べることの大切さを伝えたくて、北海道での話を1時間かけて力説しました。すると先日、ある女子生徒が目をキラキラさせながら私のところへやってきて「先生、聞いて!私も夏休み、北海道で農業してくる。先生の話聞いて、この夏休みは、絶対農業しようって決めてたんだ」と言いました。私は胸が熱くなりました。私も少しずつ、自分の魂を込めながら仕事ができるようになったんだと感じた瞬間でした。

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