公益財団法人 日本生産性本部会長賞

【テーマ:仕事を通じて実現したい夢】
私が働く理由
静岡県立磐田農業高校  山 田 麻 奈 16歳

「一生、この病気と生きていく覚悟をして下さい」

中学二年生の冬、私はこの言葉を受け入れることができませんでした。その年の夏、私は原因不明の神経の病気になりました。突然左手足が痛くなったり、しびれたり、力が入らなくなったり、冷たくなったりする病気です。原因不明のため、治療法が分かりません。秋に一度、寝たきりになりました。それでもリハビリを頑張って普通の生活が送れるようになりました。このまま病気も治ると思っていました。先生にあの言葉を言われた時も、これは何かの嘘で、このまま大好きなバスケットボールも続けられる、また思いっ切り好きな事ができるようになる、体が冷えて動かなくなってしまうため止められていた海水浴やプールも全部行けるようになる、そう思っていました。そして、私が願っていたように体の調子は良くなってきていました。

しかし、高校一年の春でした。高校に入学し、部活の雰囲気にも慣れ始めてきた頃でした。私はいつもと同じように部活をしていました。五対五のゲームをしている時、恐れていた事が起こったのです。飛んできたボールがつかめなくなって、左足が上がらなくなり走れなくなりました。怖くて、辛くて、泣いたのを覚えています。病院で

「もうバスケットボールはできないでしょう。退部する手続きをして下さい」

そう言われた時、やっと中学二年の冬に言われたあの言葉を受け入れることができました。そして泣きました。一日中泣き続けました。泉のようにあふれ出る涙が枯れた時、一つの目標が生れました。

「理学療法士になる」

理学療法士に憧れてなりたいと思ったわけではありません。私のような思いをする人が少しでも減るように、私がしたい事ができなかった分、他の人に思う存分、好きなことをしてほしい、そんな思いから、理学療法士になる事を決めました。

今、私が将来に向けて行なっている事は、様々なボランティアに参加することと、英検や漢字で二級以上の級を取ることです。ボランティアでは、人との関わり方、コミュニケーション方法を学び、資格取得は進学に有利になるので頑張っています。理学療法士になる事は決して容易ではありません。今までできなかった事が多かったから、最後まで成し遂げた事が一度もないから、今度だけは絶対諦めたくありません。クラスの子に将来について話をしたとき、そんな夢は自己満足だ、きれい事だと言われました。自分がやりたい事をやれないから他の人に押しつけているだけとも言われました。自己満足でも、きれい事でも、押しつけでもなんと言われようと私は理学療法士になります。私がリハビリを行なった全員を必ず幸せにします。それが私の働く理由です。

私の強み、誰にも負けないこと、それは、動けなくなる辛さを経験し、やりたくてもできない辛さを分かち合えることです。だからこそ、親身になって相談にのることもできます。できない事が多いけれど、病気になった私にしかできない事もあります。私にしかできないことを活かして生きていきます。周りの人や、自分と関わった人全員を幸せにして、私自身も幸せになる、これが私にとって「働く」

ということです。

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