公益財団法人 勤労青少年躍進会 理事長賞

【 テーマ:多様な働き方への提言 】
自分らしく働く 自分らしく生きる
愛媛県 村 山 洋 子 60歳

今年、定年退職した。40歳を超えての再就職のため17年間の勤務だった。現在は、再雇用され嘱託として働いている。私の経験から多様な働き方について考えてみたい。

まず、女性の再就職に関して。日本では30代で女性の労働力率が落ち込む「M字型カーブ」が見られ、働く女性の6割が出産後に離職するなど女性が継続して働き続けることは難しい。 

多くの女性は子育てが一段落した後、再就職を希望するが現実には非正規での雇用となる。柔軟な働き方として本人が選択する場合は別として、正規雇用を希望する女性には機会がもっと与えられるべきだと思う。私自身は正規雇用で再就職できたが、そこには当時の社会事情があった。「男女共同参画社会基本法」の施行を受け設立された公共施設の職員として採用されたのだ。女性の再就職を支援する意味から採用上限が50歳となり40歳を超えていた私も受験できた。ところが現在は32歳に後退した。女性の活躍推進には社会事情に左右される一時的な措置ではなく、継続して働き続けるための両立支援と同時に、一度離職しても正規で再就職できるような支援が両輪となって展開されるべきだと思う。

また、20年に満たない勤務のため管理職への扉を開くことができなかった。主任になった時は定年まで5年を切っていた。採用時から就業規則では係長にもなれないことがわかっていた。20人に満たない小規模事業所。昇進、昇格に関して改善を願い出たが叶わなかった。職業生活では昇進、昇格という「評価」が労働意欲を高めるためにも重要であるが、それが最初から用意されていないのは辛かった。心が折れそうになった。自分はこの職場で必要とされてないと感じることもあった。私自身は気持ちを切りかえ仕事の面白さだけを頼りに頑張ってきた。中途採用する以上、年数にとらわれず人事考課を重視した管理職への積極的な登用が必要だと思う。

次に、定年退職後の働き方について。「改正高年齢者雇用安定法」の施行を受け私も65歳までの継続就業が可能となった。だが正直な感想を言えば「バラ色ではない」給料は半分以下になり、現場の一嘱託職員となった。最も堪えたのは責任ある仕事が任されないことだ。あらためて自分が大切にしている価値観は何かを思い知った。  

定年後の経済的不安から働くのか、収入にはこだわらず自分の能力が発揮できる働き方を望むのか。再雇用される前に見極めるべきだった。安易に再雇用を選択したことを後悔している。定年後だからこそ、あらためて「働く喜び」を味わいたいと今は痛切に思う。

そこで私の苦い経験からアドバイスを。まずは50代になったら自分の「棚おろし」が必要。得意分野、スキル、興味関心、経済状況等を整理した上で定年後の働き方を考える。再雇用を選ばず新しい分野にチャレンジするなら、この期間でスキルアップを図らねばならない。現在「バラ色ではない」毎日を送る私であるが、今後積極的に取り組みたいのは文学講座の講師の仕事である。

私の初職は高校の国語科教師であった。結婚を機に教職は辞したが、学会等は退会せず自分なりに継続して活動してきた。講師として講演することも年に何回かあった。考えれば20年以上文学のスキルアップに地道に努めてきたことになる。報酬は僅かであっても対価を得る仕事は「責任」が伴い「評価」もされる。私の「働く喜び」はそこにあった。職場にはなかったスモールステップを一歩ずつ登っていたのだ。「芸は身を助ける」という諺がある。「雇用」という枠にとらわれず働くためには「芸」を身につけ常に磨きをかけねばならない。私にもその芸があったと気づかされた。

若い人は正規で就職することだけで精一杯かもしれない。しかし、職業人生は長く一様ではない。折々の自分の生活にふさわしい働き方を選択し、どんな時でも「働く喜び」を得られるように若い時から職業とは別の「もう一つの」スキルを磨くことを勧めたい。

戻る