公益財団法人 勤労青少年躍進会 理事長賞

【 テーマ:多様な働き方への提言 】
頑張りすぎないこと
北海道 GAIYA 43歳

三年ほど前。普通のサラリーマンである僕は、妻と共働きで幼い子供二人を養い、ささやかではあるが幸せな家庭を築いていた。妻と二人三脚で仕事と家事と育児をなんとかこなしていたが、ある日、病が妻を襲い、妻は入院することとなってしまった。

 実質的な父子家庭となった僕は、幼い子供たちを保育園に預けながら、これまでどおり仕事を続けたが、その生活は熾烈を極めた。仕事を終えた後、大急ぎで保育園にお迎えに行くが、いつも一番最後だ。「パパ、パパ!」と甘えて来る子供たちを抱きしめ、家に帰り、夕食、お風呂、着替え、寝かしつけ、明日の準備、そして洗濯。とにかく時間が足りなかった。それでも子供たちの笑顔に励まされながら、「がんばらなければ」と自分を奮い立たせ、仕事も家事も育児も頑張り続けた。

 しかし、早く帰ろうにもなかなか仕事が終わらない。気持ちが焦り、ミスをする。子供が熱を出し、同僚に迷惑をかけてしまう。子供は悪くないのだが、ついイライラしてしまう。子供が言うことを聞かないとき、必要以上に叱ってしまう。仕事も家事も育児も、完璧にはほど遠く、気持ちが落ち込む。

「がんばらなければ」その言葉に僕は追いつめられていった。体力的にも気力的にも、限界に近かった。仕事と家事・育児の両立がこんなにも大変だとは思わなかった。

 そんなある日、いつものように保育園にお迎えに行くと、後ろから背中をポンと叩かれた。振り向くと、保育園で園児に英語を教えているビル先生が微笑みながら言った。

「enjoy!」思いがけない言葉だった。

「エンジョイ?」僕は首を傾げた。

「そう、enjoyです。あなた、がんばりすぎです。英語では、こんなとき、『enjoy!』と言います。smileと一緒にね。恐い顔して『fight!』ではありませんね。あなた、ずっと恐い顔していましたから、smileして、enjoyしてくださいね。はい、let's smile!」

ビル先生が微笑む。思わず僕も微笑んだ。

「yes! good job!」

 ビル先生と笑い合って、心が和んだ。すると何故か僕の目には涙が溢れていた。

 ビル先生の言葉は、不安定になっていた僕の心を優しく包み込み、忘れていた大切な何かを取り戻させてくれたのだった。

 僕を見て、心配そうに見上げる子供たち。しゃがんで抱きしめると、ふたりとも僕の頭を撫でてくる。

「パパ、いいこ」と二歳の息子が言う。

「いたいのいたいの、とんでいけー」と四歳の娘が言う。

 ありがとう、息子、娘。パパはもう大丈夫だ。

 その日から、僕は頑張りすぎることをやめた。仕事も家事も育児も、無理して完璧にやらなくてもいい。大事なのは、自分も家族も、健康で笑っていられること。子供たちの気持ちに応えるため、僕は勇気を出して、自分のハードルを少し下げた。

 上司に相談し、業務分担を見直してもらうとともに、同僚にもフォローを依頼した。多少の嫌味は覚悟の上だった。ひとりひとりに頭を下げた。しかし、思いがけず、周囲は皆、協力的だった。

「もっと早く言ってくれればよかったのに」「困ったときはお互い様」そんな暖かい言葉が笑顔とともに返ってきた。とても有難く、感謝の気持ちで一杯になった。

 そして、妻が退院するまでの間、僕は時短勤務を利用した。時間的余裕ができたことで、気持ちにも余裕ができた。おかげで僕は、健康も笑顔も取り戻すことができた。皆が健康で、笑顔でいられるために、必要なのは「頑張りすぎないこと」。

仕事も家庭もどちらも大事。困ったときは助けてもらおう。いつか助ける側に回ればいい。仕事は自分以外でもできるが、パパは自分にしかできない。大切な子供たちのために、笑っているパパでいられるように、僕はあまり頑張らないでおこう。

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