【 努力賞 】
【テーマ:仕事・職場・転職から学んだこと】
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鹿児島県 穂満泉見 41歳

正直な話、私は人付き合いがあまり上手くない人間だ。人に交じる中「気が利かないねぇ、融通の利かない人」等、口を開けば私の悪口を言われるというのが最も嫌だったから。しかし現在、介護老人福祉施設に勤務し通算12年になる。介護職と言えども歴とした接客業であるので、「だったらなぜ!?」と当然の事矛盾がられるのもしばしばである。それまでは受付業務やごく普通の一般事務をしており、元々地道にコツコツと働くのが好きな私は手先を活かした仕事に就きたく、その為に家電製品などの部品組立の仕事はないものかと探し続けていた。念願叶ってやっと見つけたのだが、折角頂いて来た書類も有無も言わせず親から勝手に取り上げられ、破棄されるという始末。その挙句には「お祖母さんの介護をつい最近までやってきたばかりじゃない。それを期にあなたは介護に就くのが一番。それにこれから先必要性があって一番安定する職業は他の何でもなく病院や施設関係だから。
機械関係に就きたいなんてそんな事言わないで。ね、そうしなさい」と一方的に決めつけられたも一緒。俗に言う「やらせ、押しつけ」そのものだったと言っても過言ではなかった。
そんな感じでやりたくもないものを無理矢理させられてしまったものだから、いざ働き始めても楽しい訳がない。当然どこに行っても務まらず、最初の丸6年間で結局五回も入退職を繰り返す無様な結果だった。案の定ある時の面接時「何の価値も信頼性もない人」と辛辣な評価を下された事もあった。とうとう体調を崩していまい、入院を期に退職した時は「もう私は福祉の世界ではやっていけない。やはり無理だった」と心からそう思ったものだった。そうやって福祉に関してはもう何のやる気も希望もなくしていた私だったが、入院先の病院で思い通りにならずにつっけんどんな態度ばかり取る私に対しても屈する事なく丁寧にケアして下さったスタッフの皆様に心を打たれ、もう一度挑戦する事を決意。お蔭様で何事も無く6年過ぎようとしている今日この頃である。四十路になって今更かもしれないが、仕事・職場・転職を通して学んだ事がある。それは、人の意見に耳を傾け協調性を築く事や周囲の空気を読めるようになる事は勿論、出来ない事や失敗を恐れず前へ進む事である。「きちんと計画を立てていたのに人の進路を勝手に決めつけるなんて酷い。希望を持って何が悪い!?」と当初は家族を恨んだりもしたが、今では介護に就いて本当に良かったと心から思える日々である。思えば最初の6年間が浮かない事続きだったのも、「これから良くしていこう、と開き直って努力する事もなく、そっちがその気ならもういいわ」と投げやりになり、後ずさっていたのも関与していたのかも知れない。
話は少し逸れるが、私の尊敬する人物の一人で、全国学校音楽コンクール小学校の部にて昨年で2年連続金賞に導いた七生緑小学校の後藤朋子先生。音楽と指導が専門分野と思いきや実は彼女はピアノ科卒。ではなぜ…それこそ新人時代、それが一番の不得意分野で辛酸を嘗めた。だからこそ合唱と指導の道を選んだそうだ。得意分野ではないところに身を投げる思いで敢えて挑戦する事にも大きな意味があるという事を教わった様に思える。これから就職活動を始められる方や進路について悩む方々へ。自分の特性を活かし希望通りに向かうよう努力する事は勿論大切。だけど、希望しない所へも思い切って飛び込んでみてごらん。それも収穫があっていいと思うよ。今は分からなくても、自然と自分の物になっていく事に違いないのだから。出来ない事を出来るようになる為の挑戦であり仕事でしょ。最初から何もかも上手くいく人などどこにもいません。
前へ、進む勇気を持って希望を失わず未知の事にも果敢に挑戦して参りたい。過去の物語は終わっても、私の仕事人生と冒険はまだ終わらないのだから。

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