【 努力賞 】
【テーマ:仕事・職場から学んだこと】
最良の答えは何かを問う姿勢
埼玉県 坂井芳幸 34歳

「きみが行く必要はないだろう」
「いえ、行って見届けるのが仕事ですから」

社会人になって2年目のころ、上司の部長との間でこんな押し問答をしたことがあった。

当時私は、大学で法律を学んだ後、とある大手メーカーに就職をしたばかりだった。
総務系職員として採用後、地方の主力工場の総務部に配属され、製造の現場を知るための修行をしていた。

座学の法律の勉強に飽きていた私は、学んだ知識を活かしつつ仕事に取り組むことにやりがいを感じていた。 部長は、そんな私の希望を察してか、私を事務所の外に連れ出して工場の敷地を案内してくれ、土地管理の実務について詳しく教えてくれたりした。

事業所総務としての私の仕事は、勤務先工場の近くにあった子会社との契約関係の管理、法令対応を含む各種相談対応であった。

当然、子会社の工場の事柄についての相談対応も、担当業務になる。あるとき、工場内の電気設備関係の実務対応ということで、法令に則って、子会社の工場で出たPCBの運搬・廃棄をするという事項を処理することになった。

処理専門の業者を選定し、発注を段取り、環境対策の専門部署の協力も要請した。
諸々の準備が済み、いざ作業の当日がやってきた。

子会社の相談に乗り、諸々を手配した以上は、私も現場に行って、業者の行う作業を見届けたいと考えていた。法令上の要請もあり、この作業の実施はコンプライアンス業務の一環でもあるという認識だった。

ところが、出発前に部長に向かって、
「本日、作業日なので行ってきます」
というと、
「なぜきみがいくのか、行く必要ないだろう」
と、意外な返事が返ってくる。
もしかして部長は今回の作業の重要性を低くみているのかなと思い、私は少し早口で、
「いえいえ、大切な作業ですし、他部門である環境対策部署の人もお連れしないといけませんし、子会社からの相談対応は私の仕事ですから」
と食い下がった。すると、
「わかった。好きにしなさい」
という返答があった。私は、どうやら行く事を許してもらえたかと思い、ホッとした。

現場での作業は、一時間程度で終了した。

私は、業者や子会社の担当者に挨拶し、自分の職場へ戻った。
部長席までいき、報告をする。

PCBの運搬・廃棄処理は、当然であるが安全上の防護対策をとった上での作業であった。そして、私のように作業を見守るだけの者も一定程度の防護対策をした。

その点も報告すると、部長は
「PCB関連の作業現場に慣れているわけでもないのだから、万一にも怪我しないようにという意味で、『行く必要があるのか』と聞いたんだ」
と話してくれた。

私は、ここで初めて上司の真意を理解した。私の業務の重要度について低くみていたのではなく、安全上の配慮から、素人が難しい作業現場付近に入ることを心配していたのだと。

当時、新人の私は若く血気盛んで、「作業に立ち会わなければ、職務怠慢になる」としか考えられなかった。しかし、何でもかんでも張りきってやればいいというものではない。頑張ろうとして逆に他の人に心配をかける場合もある。
確かに、今回のケースは具体的に安全上の問題があるような状況ではなかった。しかし、ケースによっては悪くすれば事故や怪我に繋がる可能性も全くないとはいえない場合もあるだろう。

私達は、職場から仕事を与えられる。その仕事を推進する立場から見て、職場のことを考える。しかし、それだけでは不十分な場合がある。例えば、安全上の予防などを最優先に考えれば、現場を見たいという意欲を抑えてあえて行動しないことが、担当としての責任をより良く果たすことに繋がることがあるかもしれない。

バランスよく考え、最良の答えは何かを問う姿勢を、このときの一件で学んだ。親心をなかなか理解しない頑固者の部下を、いろいろな形で導いてくれた当時の上司には、いまでも感謝している。

戻る