【 努力賞 】
【テーマ:仕事・職場から学んだこと】
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島根県 中田勇樹 29歳

私の職場に、とある二人の若者がいる。高校を卒業したばかりの新入社員。世間では「ゆとり世代、今時の若者」と括られがちな年齢。私が勤める会社は工業関係で、社員はみな技術職として働いている。いわゆる「職人」と呼ばれる職種だ。諸先輩方から技術を継承し、それを現場で発揮し、その日のノルマをこなすことが当然で、完全なる結果主義。たくさん汗をかいて頑張っても、出来ていなければやり直し。妥協も許されない厳しい世界。

その中に飛び込んできた二人の若者、A君とB君。この二人が対象的で、A君は覚えも早くメキメキと実力をつけている。一方B君は覚えるのが遅く、いつも誰かしらに怒られている。その度に落ち込み、顔はいつも下を向いている。

そしてこの二人があまり仲良くない。B君は仲良くしたいみたいだが、A君のプライドがそれを許さない。

私は、新入社員に口を酸っぱくして言う言葉がある。
「人に気配り出来ない人間は、いつか人を怪我させる」
もちろん二人にも何度か伝えてある。プライドが邪魔をして、この技術は自分一人で得たものだと言わんばかりの態度を示すA君に。自分はダメな人間で必要とされてないと叫び出しそうな悲痛の顔を見せるB君に。
私の現場に二人が入ることになり、二人を教育してやってくれと上司から言われていた。難しい技術を要するわけでもなく、A君とB君に任せても大丈夫だろうと判断出来るぐらいのものだった。
「今日はBを中心として行う。AはBのフォローをするように」
ミーティングでそう告げた私に、二人とも不満であり不安であるような顔を向けた。
「Bよりも自分がやった方が仕事を早く終われると思うんですけど」
A君がたまらず口を開く。
「嫌なら帰れ」
それだけ告げて、A君の不満も無視して現場に向かった。
終始ふてくされた顔で仕事をするA君。必死に汗をかき、自分のペースで考えながら仕事をするB君。何かを掴んでほしい。そんな想いで私は現場を見守る。
すると、B君の手元が狂い手を切ってしまった。幸い大した傷ではなかったが、B君は痛そうな顔を浮かべ る。
「ほら見ろ!手つきが危ないと思ったんだ!」
A君が声を荒げる。
「じゃあ何でお前はBに注意しなかったんだ?
私が強く言うと、A君はハッとした。
「今日はお前がフォローしろと言ったよな?あそこは慎重にやらないと怪我しやすいことをお前は分かってたはずだよな?お前だって最初は手を切っただろ。そのお前が、分かっていたのに何で言わない!なぜ一言、大丈夫かと言えない!そんなことも出来ないんだったら、そこに立ってろ!」
私はきつく言い放ち、残りの作業を終わらせてから、事務所で治療に当たっているB君の元へ駆けつけた。社長に呼ばれた私は、きつくお叱りを受けた。その声ははっきりとA君に届いただろうし、その空気はしっかりとA君に伝わっていたはずだ。

やがてA君が私の席にやってきた。
「本当にすみませんでした。先輩(私)にいつも言われていたことなのに。本当に、すみません」
心の底から自分が情けなくなったのだろう。A君は涙を流していた。
「そうやって、俺の言った意味を理解していってくれればいい。それに、お前が謝るべきは俺じゃないだろう」
「はい!」と元気よく返事をして、A君はB君の席に駆け寄った。それからA君は身振り手振りで、時には紙とペンを使ってB君に仕事のポイントを説明していた。
二人の関係性が出来てからしばらくすると、B君がものすごいスピードで成長をはじめた。そしてA君もそれに負けまいと、今まで以上に努力を続けている。
時に迷う時がある。「私の信念は本当に正しいのか?」と。

未だに正しいかどうかは分からない。けれど今分かるのは、間違っていないということ。そしてそれが、世代も育ってきた環境が全く違う人間にも、形を変えて伝わるということ。それだけで十分だ。

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