【 努力賞 】
【テーマ:仕事・職場から学んだこと】
心の叫びが相手に響く
東京都 工藤孝之 67歳

「就職内定の通知が届いたよ」区役所保護課の窓口に、元気な声が飛び込んできた。セーラー服姿のA子の登場で、それまで保護課に漂っていた重苦しい雰囲気が一遍に明るくなった。母子家庭で生計を支えていたA子のお母さんが突然、過労で倒れ、入院を余儀なくされたのは12月初めのこと。やむなく年明けから生活保護を受給することになった。当時、私は民間会社を定年退職し、横浜市で生活保護受給者に対する就職支援の仕事をしていた。思わずA子とハイタッチしたいほどのうれしさが込み上げてきた。

A子は生活保護を受けるのが嫌で、高校卒業を待たずにすぐにでも就職したい、とまで言っていた。それを何とか説得し、卒業と同時に就職できるように、私は求人開拓に駆けずり回った。自宅療養のお母さんの世話があるので、職場は家から近く、できれば好きな料理に関わる仕事をしたい。それがA子の希望だった。かなり難しい条件だったが何とか見つけた。自転車で通える電子機器会社の社員食堂のパート求人であった。ただ、募集内容は昼食時のパートで、収入がかなり少ない。将来性はあるのか。しかも勤務者は高年齢者と予想された。はたして18歳のA子に合う仕事だろうか。

すぐに私はその求人先に足を運んだ。採用責任者の総務課長に会い、A子の家庭事情とやる気を伝え、粘り強く交渉した。その結果、昼を挟んでの4時間を食堂、それ以外を事務補助のフルタイム勤務という好条件を引き出すことができた。職場も案内していただいた。案の定、A子のお母さん以上の年配の方ばかり。 私が居合わせた方に、「もし、娘みたいな人がここで働いても歓迎してくれますか?」とそっとたずねてみた。すると、「もちろん大歓迎よ」と大声で返ってきた。それだけでなく、こうまで言ってくれた。「絶対、その子を採用させてよね。採用しなかったら、うまいもの作ってあげないから」これには、案内役の総務課長も私もあっけにとられてしまった。

面接当日。私も特別に同席をゆるされ後方に控えた。「志望した理由は?」との問いかけに、A子はすくっと立ち上がり、「ここに来て、トイレがきれいなのと、廊下を歩くと皆さんが丁寧に挨拶してくれたのにびっくりしました。とても居心地のいい会社だと思いました。私はトイレ掃除でも何でもやります。是非、ここで働かせて欲しいです」と透き通る大きな声を発したではないか。面接リハーサルでもここまではやれなかった。いや、応募職にどう取り組むか、それで精一杯だった。それがどうだ。A子のプレゼンのすばらしさ。会社の好印象だけでなく、社員になったらトイレ掃除でも何でもやります、とは社会経験のない高校生がとても言えるものではない。今まで偉そうに、就職に受かるテクニックなど能書きを披露していた自分が少し恥ずかしくなった。

これ以来、私は求職者の気持ちを最優先に、就職支援に打ち込むことを肝に銘じている。現在は幸いにも東京都の職業能力開発センターで訓練生の就職支援に従事させていただいている。ここでは就職を目指す訓練生に対して、どうすれば相手を引き寄せるプレゼンができるか、そのためにも本音で熱い思いをぶつけようと言い続けている。

私が仕事から学んだことはたくさんある。その中で今、最も実感しているのは、自分の気持ちを素直に表現することの大切さ、すなわち心の叫びである。どんな場面でもこの心の叫びがなければ相手に響かない。 就職の切符を手に入れることも叶わないだろう。就職内定をもらった訓練生の笑顔を見ると、最高にうれしくなる。この素敵なご褒美をいただけるよう、与えられたチャンスを無駄にせず、これからも頑張りたいと思っている。

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