【 努力賞 】
【テーマ:仕事・職場から学んだこと】
丁寧に生きる
神奈川県 藤間聖友 48歳

学校中に美味しそうな肉じゃがの匂いが充満してきた。献立を呪文のように唱えながら給食室の前に立っていると、割烹着姿のけい君がやってきて私の手をキュッと握った。小さくて柔らかくて温かい手。私の事を覚えてくれたんだ。嬉しい。私もキュッと握り返した、給食ボランティアを始めて一週間目の事だった。

『たんぽぽさん』と呼ばれる特別支援学級。小学一年生から六年生まで、肢体不自由、吸引を必要とするお子さんやダウン症、自閉症様々な症状を持つお子さんが学ぶクラスである。担当する教師、補助員さんを含め約三十人の大所帯の給食時のお手伝いが私の仕事である。エプロン、三角巾、マスクをつけ、念入りに手洗い消毒、専用の教室をきれいに整える。チャイムが鳴り次々に生徒達が先生に連れられ、教室に入ってくる。年令や各々の症状に合わせた量を的確に配膳する。熱い汁物など危険因子がたくさんあり、先生方と声を掛け合いながら細心の注意を払って準備していく。緊張の連続である。「今日は、あーちゃんをお願いします」車いすから先生お手製のいすに移す。肘掛にウレタンを巻き、座る部分には凸凹をつけ正しい姿勢で食事が出来るよう工夫してある。あーちゃんの好きなピンクでまとめているのがポイントである。パンを調理鋏で一口大に切り、お皿に一つ置く。あーちゃんは細い指でゆっくりパンを掴み口に運ぶ。喉に詰まらぬよう、じっと見守る。肉じゃがは、肉をしっかり潰し他の食材と混ぜる。「はい。肉じゃがですよ。美味しいね!」一生懸命口を動かしている。かわいい笑顔である。しかし、食べる事は体力が要る事で、時々疲れて食べながら眠ってしまうこともある。自分の好きな温度の物しか受けつけない子。どんなに潰しても嫌いな物を感知して出してしまう子。5分以上はじっと座っていられない子もいる。先生は、どんな状況でも冷静で辛抱強く、優しく対峙している。だから生徒達は満足し、嬉しそうである。見ている私も幸せを感じる。

1時間の給食時間は、あっと言う間に過ぎてゆく。限られた時間内に受け持ちの生徒を食べさせ、自分も食事を摂り、日誌に食事量や様子を記入している。プロの集団だ。給食も大切な教育であると痛感した。賑やかだった教室に静寂が戻る。窓を開け、食べ散らかった床を掃除しながら、私にとって働くとは、学ぶ事、社会を知る事だと考える様になった。思う様に補助が出来ず落ち込んでいた時、主任の先生から見透かされ、「この子達は、教師や家族といった限られた人としか、あまり接していないのです、別の大人に会い、手を触ってもらったり話しかけてもらう事が大切なのです。充分役に立っていますよ。有難うございます」

障害に負けず、一生懸命学んでいる『たんぽぽさん達』に接し、自分の甘さを思い知らされた。そして、腑甲斐なさを反省し『丁寧に生きよう』と決心した。ボランティアとして一歩を踏み出し、働く事によって、出会いがあり、学び、人生の新しい指針を得た。弱者と呼ばれる人、ご家族に少しでも寄り添える人でありたい。

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