【 努 力 賞 】

【テーマ:私の背中を押してくれたあの一言】
永遠の上司
福岡県 みろ 34歳

私が今の地元の職場にUターン転職して、今年で七年目に突入した。その間に結婚、妊娠、出産を経て、ワーキングマザーの仲間入りをした。今では、転職したことを良かった、と感じている。『おやぶん』を超える上司には、きっとこれから先も出会えないだろうけれど。

「やる前から無理っていうな。やってみなきゃ分からんだろう」
これが、『おやぶん』こと、前の会社の上司の口グセだった。就職難の真っ只中、中途入社でやっとこさ、入り込めた会社での初めての上司が『おやぶん』だった。いかつい体格にぶっきらぼうな物言い。そんな『おやぶん』に何を聞いても、「おう」とか「この本読め」とか、単語や二語文でしか返ってこないので、私は最初、『おやぶん』のことが苦手だった。私の配属先は、庶務で、デリケートな人事のことから、文房具の補充に至るまで、幅広い仕事内容であった。残業は毎日当然のこと、土日も会社に行って何とか仕事が回るような状態。私はまだ20代の若者の範疇であったのに、毎日栄養ドリンクは手放せなかった。そんな、いっぱいいっぱいの私に『おやぶん』は容赦なかった。
「仕事は段取りが9割だぞ。もっと要領よくやれ」
その度に、一生懸命やっているという自負のある私は、
「これ以上はもう無理です」
とささやかに抵抗してみせるのだが、そうすると更に、
「だから、やる前から無理だって、いうな。いつも言ってるだろ。無理っていうと、そこで終わりだぞ」
とぴしゃり、と言われるのがオチだった。無理、というと『おやぶん』はとても反応するので、私は「無理」を封印した。
『おやぶん』は、実は面倒見のいい上司だった。残業終わり、よく部下を連れて近所の居酒屋で気前良く奮ってくれた。色んな相談にも乗ってくれた。そんなノミニケーションからついたあだ名が『おやぶん』であった。突き放すようでいて、実は部下のことをよく見てくれていた。飲みの席で饒舌になった『おやぶん』は、少しずつ私のことを褒めてくれるようになった。豚もおだてりゃなんとやら…、で、私もますます仕事に打ち込むようになった。

何年かして、ひょんなことから私に、Uターン転職の話が舞い込んだ。その時には、『おやぶん』は別の部署に異動になっていた。今の仕事は、人間関係もとても良い。でも先行き、親のこととかを考えると、地元で働いたほうがいいのかな。でも、本当に転職していいのだろうか…。

夜も眠れなくなるほど悩んで、弱った私は、かつての上司『おやぶん』へ相談した。
「一番大切なのは、お前がどうしたいかだ。俺は、頑張り屋のお前が、他の会社に行くのは残念だけど、お前ならどこでだってやれるっていうお墨付きやるよ」
『おやぶん』はそう言ってくれた。
「でも、転職しても、上手くいかないかも、無理かもって考えると不安なんです」と私が弱気な発言をすると、
「お前、いつも言ってるだろう。やる前から無理っていったって、何も始まらんだろう。やってみろよ。転職して、困ったことがあったら俺に相談したらいい。会社変わっても俺はずっとお前の『おやぶん』なんだから」

『おやぶん』のその言葉で、私は心が軽くなり、転職する勇気をもらった。あれから七年。毎年届く年賀状。干支の一字がハガキに大きく書かれているだけ。コメントはなし。いかにも、『おやぶん』らしい。

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