【 佳 作 】

【テーマ:仕事から学んだこと】
みんなの青空
東京都 山本 美夏 29歳

高校生の頃、私は他人が苦手だった。表では笑顔、陰では人の悪口を言う。人とはそんなものだ。なんとなく進学した女子高で、私はそんな人たちの板挟みにあっていた。クラスでは仲良しグループAとBの二つにわかれた。AとBは互いを嫌い、悪口を言い合う。それも陰で。私はどちらにも属さない。どちらも嫌いじゃないし、友達だから。それでも、どちらのグループにも属さない私みたいなタイプは、彼女達からしたらあまのじゃくのような存在。私は、面倒臭くなって高校を中退した。人間不信。その後すぐに通信制の高校に入ったが、そこでも人と関わるのを避け続けた。友達なんて面倒だ。学校なんて、大嫌いだった。人嫌いに拍車がかかり、次第に他人を避ける生活を好むようになった。幸い通信制の高校は、授業が月に1〜3回程しかない。それをいいことに、私は学校の授業日以外は殆ど家にひきこもるようになった。両親は私の将来の行く末を心配した。このまま高校を卒業してずっとそんな廃人生活をするのか、そう何度も問いただされた。あんなに仲良かった母まで私の事を「生きる屍」と呼ぶ。そんな風に蔑まされても何も感じない私の死んだ心。どこかでこのままではいけない、そう感じながら。そんな私をみかねて、姉がすすめてくれたあるものが、私の人生180度変えた。
「まぁちゃん、どうせ毎日することが何もないなら、働いてお金を稼いだ方が好きな物も買えるし、人生楽しくなるわよ」

姉のこの言葉で単純な私の心はすぐに動かされた。駅前のスーパーのレジ打ち。この作業が、実は決して簡単なものではないと働いてすぐに思い知らされた。お金を扱う重圧と共に、お客様にも真心を持って接しなければいけない。いわば、頭と心、両方一度に使う。
「ちょっと、これ値段違うわよ!」

ある日初めてお客様に怒鳴られた。セール品の商品を、レジ打ちの際、値引きし忘れたのだ。
「すみません」

そうすぐに謝ると、お客様はもう何も言わなかったが、明らかに不機嫌な顔をしている。こちらのミスとはいえ、16歳だった私は、その場を逃げ出したい衝動にかられた。もう嫌だ、働くなんて。ちょっとミスしただけで、こんなにも怒られる。働かなければ、家にひきこもり、誰かにこうやって怒られることなんてないのに。そう思いながらも、すぐにバイトを辞めなかったのは、もう何からも逃げたくなかったからかもしれない。そんなある日。私はいつも通り、お客様の商品をレジ打ちした。すると、私のレジに列ができた。
「こちら空いてます」

と隣でレジ打ちする主婦のパートさんが、私のレジで待っているお客様に声をかけたが、お客様は会釈を返すだけでそのまま私のレジに並び続けた。小さなお子様と若いお母様の親子で、常連客だった。
「お待たせいたしました。いらっしゃいませ」

そう言いながら、常連の親子のお客様の商品をレジ打ちし始めたその時だった。
「ついつい山本さんのレジに並んじゃう」

お母様が私におっしゃる。山本、とは私の事だ。

お母様は続いてこうおっしゃった。
「子育てって、ジェットコースターみたいなもので、浮き沈みが激しいの。そんな時、山本さんの明るくて元気な笑顔見ると頑張ろう、って思えるのよね。いつも有難う」
「あ、有難うございます」

私はレジ打ちしながら俯くしかなかった。こぼれそうな熱い涙を堪えながら。
「いらっしゃいませ」

今日も私はお客様に元気よく言う。とびきりの笑顔で。働く事はなんなのか?そう聞かれれば、こう答えるかもしれない。太陽のように明るく自分を輝かせること。気が付けば、あんなに他人が苦手だったのに、人と接する事が好きで仕方なくなっていた。

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